|
さて、今週の展示は、先週の解説でちょっと触れたポンピエの画家で有 名なウィリアム・ブーグローの妻、ガードナー・ブーグローを紹介します。 ガードナー・ブーグロー 《井戸にて》(1913) ウィリアム・ブーグローのほうは、アカデミズム絵画の旗手で、印象派 の締め出されたサロンでは人気を博した画家です。「印象主義」の反対語 として「ブーグロー風」という言葉があったほどだそうです。僕は、カタ ログでこの画家のことを調べるまで、この絵はウィリアムのものだと思っ ていました。 しかし、この絵は、もの憂げな少女が水汲みをしているという絵で、神 話や歴史上の物語をテーマに荘厳な絵を描くポンピエの画家のウィリアム の絵にしてはテーマが身近すぎるなと思っていました。ただ、少女の顔や 風景の描き方からすると筆使いはブーグローたちのアカデミズムを感じさ せます。しかし、控えめで落ちついた画風はポンピエの画家の絵に比べた ら親しみが持てます。 ガードナーは、出身はアメリカで、絵を勉強するためにフランスに渡っ たのでした。ローランサンなどが活躍できたエコール・ド・パリの時代は まだおとずれておらず、美術学校やアトリエでは男性しか勉強させてもら えなかったようです。そこで、彼女は男装をして学び続けたそうです。 やがて、アカデミー・ジュリアンという私設学校ができ、ここが女性も 外国人も勉強できるところとしてガードナーを受け入れました。日本の西 洋画家、黒田清輝などもここで学ぶことができたそうです。ここで教鞭を とっていたのが、ウィリアムで、ガードナーは彼の弟子だったわけです。 結婚は、ブーグローの前妻の死がきっかけになり、師弟関係になってか ら28年め、ガードナー59歳、ブーグロー71歳のときだそうです。 |
| << 前記事(2005/01/20) | トップへ | 後記事(2005/01/22)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2005/01/20) | トップへ | 後記事(2005/01/22)>> |