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help RSS Kamio Gallery No.449 エドマ・モリゾ

<<   作成日時 : 2007/10/26 21:02   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 12

今回は、いま損保ジャパン東郷青児美術館で開催されている「ベル
ト・モリゾ展」を紹介します。今回もブログ版では絵を数枚紹介し
ますが、カタログがあろうことか、版画の展覧会でもないのに非光
沢紙でできていたため油彩の感触がまったく失われてしまっていま
す。スキャナで取るともっと悲惨な状態でまったく何を考えている
のかと憤りを感じています。それにフィラデルフィア美術館展の素
晴らしいカタログよりも高価になっていました。しかたがないので
それでも進めて行きます。

ベルト・モリゾは、今年の春に行われた「オルセー美術館展」(No.
400 http://tkamio.at.webry.info/200702/article_1.htmlで紹介
しました)のカタログの表紙に使われたマネの肖像画で有名です。
画像

ルノワールと同じ年1841年に、官僚を経験している父のもと、裕福
な家庭に生まれます。19世紀中期にサロンで女性画家は皆無だっ
たのですが、彼女は姉エドマとともに、絵画の勉強をします。17歳
にはルーブル美術館にてティッツィアーノやヴェロネーゼといった
ヴェネツィアルネサンスの巨匠の模写をしています。僕はルーブル
へは行ったことはないのですが、ワシントン国立美術館へ行ったと
きに何人かの画学生が模写、もしくはその絵に着想を得た絵を描い
ているのを見ました。日本ではそのようなことを許している美術館
はないと思いますが、本当にいい習慣だと思います。当時女性が正
式に絵画の勉強をすることは考えられなかったので、この模写がで
きる環境で独学とも言える(いちおうギシャールという画家のもと
模写を学んでいる)勉強をしました。そして、1864年にはサロンに
姉妹そろって入選、当時は、画家として認められるためにはサロン
に入選するしかなかったのですけれど、問題のないスタートを切っ
たわけです。

展覧会では、そのサロンで活躍していたころの絵は紹介されていな
かったので、どんなアカデミックな絵を描いていたかはわかりませ
んでした。女性で画家というのを奇異に見られながらも順調にサロ
ンに入選していました。それから、1868年には、ファンタン=ラト
ゥールから、後に義理の兄弟になるマネを紹介されます。姉妹はモ
デルなど務めたりして(1872年に《スミレのブーケをつけたモリ
ゾ》が制作されます)、この新しい絵を創造し始めていた画家につ
いて学びはじめます。1974年、印象主義にとって記念すべき年、第
一回印象派展でモネの《印象日の出》が出展された年に彼女はマネ
の弟ウジェーヌ・マネと結婚します。姉エドマは1969年にすでに結
婚していて絵をやめていました。ベルト・モリゾは印象派展に出展
するとサロンへの出展をやめて、印象派と呼ばれる画家と一緒に行
動するようになり、サロンにとらわれない新しい絵を描き始めます。
彼女は出産のために参加できなかった第4回の印象派展を除いて第
8回の印象派展にまでずっと参加し続けていました。

ベルト・モリゾは、ウジェーヌ・マネとはとても仲がよかったよか
ったようです。一緒に旅行を何度もしたりしています。1879年には
娘のジュリーが生まれます。ジュリーはベルト・モリゾの親友の同
じ歳のルノワールに有名なものがあります(1887年8歳のジュリー
です)。
画像

今回の展覧会でもモリゾは、ジュリーをモデルにした絵をたくさん
描いていることがわかりました。家族として愛情を注ぐとともに、
モデルとして対象としていたんですね。小さな子供はちょこちょこ
動くのでモデルにするのは大変だったと思います。写真のようにさ
っと動きを捉えないといけなかったでしょう。早い筆使いで描き出
す印象主義の手法はそれにうってつけだったのでしょう。印象主義
でも荒い筆触の絵が多いです。

ちょっと絵を見ていきましょう、印象に残った絵、とくにジュリー
の成長にあわせて時間がたち変わっていったかれの筆を見てみます。
まずは、1874年の第一回の印象派のあとに描かれた《モルクールの
リラの木》です。これは姉のエドマの家族の絵です。なんとなくマ
ネの《草上の昼食》の色彩を思い出させてくれるような先生でもあ
り義理の兄のマネの影響を感じさせる絵です。絵にはベルト・モリ
ゾの帽子と傘も描きこまれていて、自分も間接的にこの絵の中に登
場させています。幸せな親子と叔母の様子を描いた絵ですね。
画像
それから、1882年の《砂遊び》ジュリーが3歳で描かれた絵ですが、
背景はモネの中期にあったような荒い筆触で花壇を描いています。
赤い花を配して、目を引きます。ジュリーのかわいいこと、すばや
い筆致で描かないとこの小さなモデルは止まってはくれないんでし
ょう。手などほとんど形をとどめないほどさらりと描かれています。
画像

1884年の《湖にて》ジュリーが5歳、池で船に乗っているところで
す。怖がりもしないで池の白鳥を見ています。筆触はますます荒く
なり、遠景などさらさらと筆を左右に動かしているだけのようです。
印象主義の筆触を徹底的に使っている絵ですね。
画像

1886年の《少女と犬》ジュリーももう7歳、しっかりとした綺麗な
少女になっています。この絵はもっとも気に入ったのですが、ルノ
ワールの絵のように、顔をしっかりと描いて、上半身もしっかり描
いているそれと頭の後ろの植木の葉もしっかり描いている。犬もし
っかり描いている。この4点意外はどうでもいいようにさっさと描
いている。1枚のなかに見てほしいポイントは美しくしっかりと描
いてそれ以外はわざと大きな筆触で省略するそういった手法を身に
つけています。ジュリーがかわいいです。
画像

1889年の《マンドリン》ジュリーも10歳、しっかりした女の子にな
っています。彼女は音楽を得意としてマンドリンやバイオリンを弾
きます。この絵の肩の部分はルノワールの《イレーネ嬢の肖像》の
ドレスのように筆触は荒いのですけれど絹の質感をうまく出してい
ます。親友ルノワールに近づいていっているのがわかります。綺麗
な絵です。
画像

1894年の《夢見るジュリー》ジュリーも15歳、なんだかもうう女性
のように見えるほどです。この絵は印象主義だけでなく、新しい絵
を開拓しているように筆触分割はもうなくなっており、塗り残しが
多かった彼女の絵ですが、この絵は隅々まで色彩で埋め尽くされて
います。
画像

こうやって、ジュリーの成長を見ているとなんだか、こちらも成長
を喜ぶ親のように思えてきてしまいます。僕も甥がいるのですが、
成長をずっと見てきました。自分の子供のようにいとおしいです。
それとなんだか重なってしまいました。ジュリーよ良く立派に育っ
てくれたと。でも、これらのジュリーは笑っていないです。家族で
もモデルとして冷静に見ており、家族との甘い結びつきを絵の中に
は持ち込まないという職業人のベルト・モリゾの精神が表れていま
す。

1892年にはウジェーヌが死んでおり、最期の15歳のジュリーは父を
亡くしています。夫婦仲がとてもよかったベルト・モリゾも非常に
悲しんだのですが、制作をやめることはなかったのですね。強く生
きています。でも、1895年ジュリーが16歳のときジュリーがかかっ
たインフルエンザがベルト・モリゾにうつり、ベルト・モリゾは51
歳の若さで死んでしまいます。友人のルノワールはまだ成人してい
ないジュリーの後見人になります。

マネ風の絵、モネ風の絵、ルノワールのような絵、独自の絵とジュ
リーが成長していくにつれ絵が変わってきたことがわかったでしょ
うか、画像が悪くて残念です。

さて、今回の絵ですが、《モルクールのリラの木》に描かれている
姉のエドマの絵を取り上げます。

画像


エドマ・モリゾ(1839-1921)
《描くベルトモリゾの肖像》(1865頃) 100x71cm
個人蔵

画像が悪くて残念なのですが、モリゾが24歳ころの絵です。もうサ
ロンで入選もし、画家として自立できている自信がきりりとした目
に表れています。この絵でもわかるようにエドマもしっかりとした
女流画家だったのですね。アカデミックな手法でしっかりとした絵
です。彼女もがかとしてベルト・モリゾのように活躍したかったの
ですが、結婚した夫に画業はやめるようにと言われて30歳で止めて
しまいます。結婚してからはパステル画をすこし描いたくらいで油
彩画はけして描かなかったようです。やはり女性が画家をやってい
くというのは常識的にありえない時代だったのですね。世間的にも
止めざるを得なかったのでしょう。幸せな妻として、2人の子供と
して生涯を終えます。時代が違っていたら、素晴らしい姉妹画家が
生まれていたかもしれないですね。

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
ここに紹介されている「ベルト・モリゾ展」を読ませて頂きました。
画集の中で説明されていましたが重に絵を見るのが中心になり、ここに改めて解りやすい紹介文を読んで再認識しました。
マネが画いた絵のモリゾも姉のエドマが画いたモリゾも美人で理知的な容姿が表現されていて当時のモリゾを窺い知る事ができます。
家庭を愛し、子供を愛しながら画業への情熱を持ち続けた女性画家モリゾの偉大さに敬服します。
油彩画を描くには心身共にエネルギーが要求されるようです。
さっーと描いているようでも、そこには無意識の意図があるような気がします。
11月観に行きますが、しっかりと脳裡に焼き付けてきて模写してみたいと思っています。
ちろりん
2007/10/29 19:11
ちろりんさん、いつもありがとうございます。ベルトモリゾ展を11月に観に
いらっしゃるのですね。とてもいい展覧会になっています。一般には男性中心
の画壇で一人孤軍奮闘した苦難の女というイメージがありますが、絵を見る
かぎり、ジュリーを愛し、夫に愛され、幸せな画家生活を送ったのではない
かと僕は思いました。さすがに油彩もやられるちろりんさんですね。描くこ
とを相当のエネルギーで行った彼女を見ましたね。確かにエネルギーが必要
だったでしょう、でも、家族の愛に囲まれて自然とエネルギーを出力できた
彼女がいるような気がします。そんなことを考えた展覧会でした。
模写、できあがり楽しみにしております。また見せていただけたらと思いま
す。
神尾利明(Claude Monet)
URL
2007/10/30 09:45
こんばんは。先日日記にコメントをいただいたさくです。
絵とともに、彼女の画業を追うことができ、とても興味深いです。
男性社会である絵の世界で、さまざまな葛藤はあったのだと思いますが、女性性を捨てることなく生きたモリゾの生き様が感じられます。
こうして改めて、ジュリーの絵を追っていくと、ジュリー自身の成長だけでなく、母子の心理的な距離感の変化・関係性の変化みたいなものを感じました。

さく
2007/10/30 22:39
さくさん、こんばんは。
僕のこの展覧会の印象はモリゾの娘ジュリーへの成長の記録を写真を残す
ように愛をもって描いたことをトレースしていたと見ました。ただ、モリゾ
は職業画家としてプライドがあったので、そこここのお母さんと違って、
ただ甘い絵を残すのでなく、自分の力量をそこで試しているんです。
だから笑ったジュリーは描かない、真剣でした。
おっしゃるとおり、母子の心理的な距離感が出ていますね。ちいさいこ
ろは遊んでいる場面、大きくなると楽器を弾いていたり、美しい女性と
して見ていたり。興味深い展覧会でした。
神尾利明(Claude Monet)
URL
2007/10/30 23:54
業務連絡です。
さくさん、ミクシーのほうへコメントのお礼に伺いたいのですが、
IDがわかりません。いちど、僕のトップに足跡をつけてください
ますでしょうか。お願いします。
神尾利明(Claude Monet)
URL
2007/10/31 06:14
さくさん
業務連絡を読んで下さりありがとうございました。まだミクシー初心者
なもので、お許しください。無事お礼が書けましたことをみなさんにも
お伝えしておきます。
神尾利明(Claude Monet)
URL
2007/10/31 20:13
mixiではありがとうございました。

これだけ充実した解説を読ませていただくと、当日さっと読み飛ばしていた会場の解説のとてもいい復習にもなります。また、解説に無かった部分や見落としていた点も多多ありますので、とても勉強になりました。

「マンドリン」のジュリーは10歳だったのですね。フランスの子供は早熟ですな〜。自分的には女子高生くらいかと思ってました。
アッキー
2007/11/03 22:33
アッキーさん
モリゾ展はいかれましたか。「マンドリン」のジュリーは10歳ですね。
もう、すっかり大人の雰囲気でしたね。モリゾが、ジュリーの女性の
部分をかんじとっていたのかと思います。
神尾利明(Claude Monet)
URL
2007/11/03 23:45
「少女と犬」の絵が、ここでまた見れて感激です。
この絵は、ネット上で探してもなかなか見つからなかったんですよ。

図録はだめでしたか。。。
ぼくは図録は買わない人なんです。高いし、結局本物に比べるとどうしても色や質感が違うので、何度も見ないんですよね。。でも、こうやって、ネットなどでは見つからない絵がいつでも参照できるというのはいいかもなあと思ったりしてます。

またいろいろお話できればと思います。
すた
2007/11/16 15:27
すたさんいらっしゃいませ

「少女と犬」は、本当にいい絵でしたね。服にあたる光がきらきらしていて、ジュリーの美しさを引き立てるようでした。モリゾは画家としての威厳のようなものを感じて、家族の笑顔の絵は描かなかったのですが、美しく描くということはしたようです。そのもっともよくできた作品が「少女と犬」でしたね。画像はどうぞお持ちください。また絵の話しをしましょう。
神尾利明(Claude Monet)
URL
2007/11/16 16:12
はじめまして。
ミクシイの印象派の集いトピックから伺いました。
ベルトモリゾ大好きなので
この展覧会も行きたかったのですが
四国の片田舎に住んでいるもので
行けませんでした。残念。
画像をたくさんアップしてくださっていて
嬉しかったです。

また寄らせてくださいね。
すず
2008/01/15 22:03
すずさん

はじめまして、僕も印象派大好きです。いろんな画家の絵を見て、印象派らしい印象派は彼女なんだなということがはじめてわかりました。モネもルノワールも印象派展には4回ほどしか出展していず、新しい彼らの手法を生み出しましたが、彼女はドガとともにほぼすべての印象派展に出展しているのです。その筆触はすばやく、ときに荒く描いている、まさにモネの《印象日の出》の筆触ですね。今回はモリゾがその画風を変えながらも印象派のリーダーであり続けたことをジュリーの肖像を通して見てみました。僕のブログも展覧会を観たひとだけが観るのではないことがわかってとても嬉しいです。このように絵を何枚か紹介する機会もありますので、また遊びにいらしてください。
神尾利明(Claude Monet)
URL
2008/01/21 07:21

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